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期間限定価格! CD/MP3/WMA再生、SD/USB/MMC対応 CDミニコンポ YTO-C003 コンポ
CDを直接USB/SD/MMCに録音できるCDコンポ♪
※色はブラック、ホワイトの2種類よりお選びください。
◆CDの音源をMP3ファイルでUSBメモリやSDカードに直接録音可能!
◆FM/AMラジオ機能!
◆USB/SDメモリ録音機能!
◆MP3/WMA再生機能!
【商品仕様】
再生:CD・CD−R・SDカード・USBメモリ
録音可能メディア:SDメモリカード・USBメモリ
電源:AC100V
出力端子:ヘッドホン端子
スピーカー出力:2.5W×2
受信周波数:AM FM
本体サイズ:W355×H150×D240
本体重量:約3kg
付属品:本体、スピーカー、リモコン、取説明書、保証書
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USB 期間限定価格! CD/MP3/WMA再生、SD/USB/MMC対応 CDミニコンポ YTO-C003 コンポに関する旅行記
- サンノゼ旅行記 観光&アウトレット巡り...
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2009年2月5日~11日までサンフランシスコに行ってきました。
前回は2008年9月に行ったので、今回は従姉妹と行くことにしました。(といっても途中合流)
前回同様サンフランシスコ在住の友達にお世話になりました。
ありがとう。
2月5日
UAの直行便886便(KIX-SFO)でサンフランシスコへ。そこからサンノゼに移動しました。
今回の宿はまた安宿でRamada Limited San Jose Convention Centerでした。
ホテルHPにて格安で。。。(ツインクイーンベッド。4泊で313ドル)
ただネットで見るより汚い。。ですが朝食もついていて便利性は抜群でした。(カルトレインのsan joseより徒歩5分程度)またネットは無料でした。
到着後すぐにミルピタスにあるgreat mallへ。バスでもライトレールでも行くことが可能です。
ここはアバクロのアウトレットなどあります~。
2月6日
この日はとても遠いギルロイ(gilroy)のアウトレットへ。市バス#68に乗って1時間半程度です。チェルシー系列でおなじみです。
かなり土地が広いため歩くだけでもしんどい(笑)
この日の夕方にアウトレットで従姉妹と待ち合わせ。
かなりの量買い込み、二人してバスでsan joseへ帰りました。
2月7日
この日はwestgate mallへいきました。
市バス#82で直行でした。
ここも期待してなかったのですがnordstrom rack やRossなどがあってコーチのブーツなど格安で売っていました。コーチのスニーカーは5000円くらいでした。PCの無線Lanの調子が悪く、office maxでUSB型の無線Lanを購入。(49ドル)
夕方従姉妹と合流し、従姉妹はセリーヌのレザーバックを日本20万程度のものを5万弱にて購入。
またUGGのムートンブーツがセールになっており(tall)110ドルでした~。(色は限られてたけど)
2月8日
再びgreat mallへ。
ここはoff 5th やニーマンマーカスラストコールなど目白押しで時間がかかる(笑)
またforever21などもありますし安服もゲット。
2月9日
san joseからカルトレインでmillbreeへ。
カルトレインの中で従姉妹が携帯をsan joseのホテルに忘れてきたことを思い出し問い合わせるとあるとのこと。
よかった~。
この日はサンフランシスコ観光をしました。
まず大荷物を置くためホテルへ。
ここでも格安ホテルTravelodge San Francisco Airport Southに宿泊。
ダブルベッドツインで78ドルでした。(朝食つきで空港まで無料送迎つき)
ホテルに荷物を置いて、市内へ。
かの有名な?アルカトラズ島とpiar39(あしかのいるところ)にいきました。
アルカトラズはネットで予約していたのですんなり上陸。
けど天候が寒すぎて、二人とも死にかけ(笑)
アルカトラズからピア39に行き、定番のクラムチャウダーを食べる。
その後従姉妹は携帯を取りにsan joseへ戻っていきました。(私一人に(笑))
サンフランシスコの中心部に行き(バス)old navyやらWestfieldやらでお買い物。(一人でもできるもんね~♪)
Westfieldは映画館も入った大変きれいな建物で、たくさんのお店が入っていました。デパートも2つ(nordstrom bloomingdale's)入っていて、bloomingdale'sでセールをしてたブーツを発見。
ラムスキンのコーチの黒のサイハイブーツを迷いに迷って購入。従姉妹が戻ってきたので地下でご飯を食べました。(二人とも肉を欲していて(笑)肉を食する。。。(笑)
2月10日
UA885便(11:38発)にて関空へ。。。
今回も楽しい旅でした。
とても寒かったけど、町並みもいい感じ~
また行きたいっす。
サンノゼで大変お世話になったサイトです。
http://www.vta.org/index.html
バスやライトレールなどの時刻、地図など見れます。
★ ユナイテッド航空チケット セレブツアーにて手配
往復航空券(DSアドバンスチケット29)/ 単価;29,800/ 1名
関西空港使用料/ 単価;2,650/ 1名
現地空港税/ 単価;5,500/ 1名
関西空港使用料/ 単価;44,000/ 1名
旅行業務取扱料金/ 単価;2,800/ 1名
今回請求額; \84,750-2010/09/04 11:09:13
- デリー観光(アキシャルダム:Akshardham)...
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デリーの新観光名所、アキシャルダムです。
寺院のような形をしていますが文化複合施設です(館内放送でもAkshardham Complexと言っています)。
写真は1枚だけです。
というのは、施設内には、カメラはおろか、携帯電話、USBメモリでさえ持込が許可されていないためです。
食べ物、飲み物も当然だめ。ペン類、ナイフ類、本もだめ。全部入り口のところで預けていかなければなりません。
入場時にすべて検査されるので、隠して持ち込みは不可能です。
(ベルトまではずして検査されます)。
持ち込めるのは財布と汗拭きのタオル程度と思ってください。
月曜日休館。入場は無料です。
夜間はライトアップ+光のイベントがあるそうです。
季節により時間が異なりますので、HPで確認してください。
中に、売店、食堂があります。味はまあまあです。
ビデオなどによるインドの歴史、文化の紹介(Exhibitions)があります(有料)。インドの大まかな歴史と文化が1時間ほどで紹介されています。
中央の巨大な建物に目を奪われがちですが、施設としてはこっちの方がメインです。
詳しいことはアキシャルダムのHPでどうぞ。
Google検索で「Akshardham」といれれば公式ページが出ます。
HPのWhat is Akshardham?にビデオがありますので、施設の大まかなところはここでわかります。
2010年完成ですので、できたばかりで、まだきれいです。
場所はヤムナ川をはさんでインド門の反対側です。
目の前にメトロの駅があります。駅名もAkshardhamです。2010/08/30 12:08:08
- 現地UP第5弾:やった!ポタフメイロ見れた!...
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サンティアゴ・デ・コンポステラ
キリスト教の三大聖地のひとつ。
大聖堂で、大きな香炉が天井近くまで振られるのをTVで見ました。
特別なときしか行わないようなんですが、今年は聖サンティアゴ年。
見れるチャンスが多いかもと期待していきました。
前日到着したのは19時半、パラドールに荷物を置いて20時ごろに大聖堂に入るだけは入りました。
翌日は夜行列車の時間までたっぷりあります。
聖サンティアゴ像を背後から抱きしめる儀式、大聖堂に登るツアー、美術館見学など濃い内容をゆっくり行ない
最後にもう一度、大聖堂に入ることにしました。
すると、いつもは自由な入り口に警備立ってるし、入ってみると人がやけに多い。
もしかすると、ポタフメイロが見れる?
ミサに参加していると終り頃、始まりました!2010/08/29 08:08:33
- 異文化の要Via Francigenaフランチジェナ街道(ペ...
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Via Francigenaフランチジェナ街道(ペルージャ)
皆さん、フランチジェナ街道をご存知ですか?今回は聖人フランチェスコが辿った道筋(ペルージャからアッシジ、さらにローマまで続く道のり)をご紹介したいと思います。
アッシジで生まれた聖人フランチェスコは、1209年から1210年頃、”小さき兄弟会”の会則を当時のローマ法王イノセント3世から承認を受けるために、弟子を伴い徒歩でローマに赴きました。その後聖人が昇天した後、遺骸に祈りをささげたいという信者が聖人の歩いた道のりを辿りながらアッシジを訪れるようになります。
フランチジェナ街道は今から2000年前にロンバルド人によってつくられた街道で、イタリア各地にあるロンバルド人の支配領域を繋ぐための道としてつくられました。
当時のイタリアは、様々な民族の間で支配領域の拡大と獲得をめぐる戦争が頻繁に行われていたため、ロンバルド人はビザンチン人とギリシャ人の支配領域を避けながらこの道を建設し、また道の安全を守る為に街道沿いに修道院、要塞、城を建設します。
中世に入るとフランチジェナ街道は巡礼者街道として利用されるようになり、巡礼者は聖地であるエルサレム(イエス・キリストが教えを述べ、処刑され、埋葬され、復活したとされる場所)と、聖ペトロと聖パウロが殉死したローマと、聖ヤコブの遺骸が祭られているサンティアゴ デ コンポステッラに向かいました。
巡礼者とともに発展していった街道は、世界各国から訪れる巡礼者達によって、文化、宗教、思想、商業の要となっていったのです。(TIFOGRIFO投稿の本人の記事より抜粋)2010/08/26 09:08:32
- いつか見た映画のような旅 ~辺境の港町「コッコン」。その自然...
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いつか見た映画のような旅
辺境の港町「コッコン」。その自然と開発の今昔を訪れる
カンボジア南西部、タイと国境を有する町コッコン。ほんの数年前まで一部の西洋系バックパッカーがタイからカンボジアへと入国する際に経由する以外は訪れる人もいなかった小さな港町。当時の48号線は舗装などなく、雨季になると泥沼と化した道を登下校中の子供達が歩き、そこまでに至るまでの四つの川には地元のお父さんの運航するお手製フェリーが人々の生活に一役買っていた。そう、旅の途中、その地に住む人々の生活に触れ、彼らの顔が見える旅が楽しめていた。
2008年5月。コッコンからプノンペン方面へと続く48号線の道路は舗装され、その間に流れる四つの川にはコンクリート製の大橋が架けられた。タイからカンボジアを抜け、ベトナムへの物流を促進するための南部経済回廊の整備、コッコン経済特別区への工場誘致、外国人観光客を見越したエコツーリズム地の開発など、静かだった町が動きだし、良くも悪くも姿を変え始めてきているのに気付かされた。
第1日目 午前 プノンペン~キリロム国立公園(コンポンスプー州)
人口130万人を超え、発展し続ける都市プノンペン。内戦後緩やかに進んでいた経済成長は2002年頃よりぐっと加速度を増したと思うと、リーマンショックと同時に急ブレーキをかけることとなった。その間、各国からの支援、投資の恩恵を受けた人々はこの世の春を謳歌するようになり、その波に乗れた者と乗りきれなかった者との間には、所得と生活環境に大きな隔たりを生みだした。のんびりしていた街は急激に落ち着きをなくし、その急発展に追い付けなかった道路は、今もなお各地で渋滞を引き起こしている。
混み合う街からポチェントン空港を横目に、国道4号線を下っていく。開発ラッシュ時に急ごしらえで建てられた長屋は閑散とし、その多くにはテナント募集中の張り紙が張りつけられている。
プノンペンからカンダール州へと続く道路沿いには多くの大工場が並ぶ。通勤時間なのだろう、大勢の女性達がバイク牽引される荷台や古ぼけたトラックの荷台に詰め込まれ出勤、いや運搬されている。
シハヌークビル、コッコンへと続く有料道路から、コンポンスプー州へと入る。別段何もない小さな州都を抜けるとあまり変わりばえしない風景が続くなか現れた看板にはその奥に広がる丘陵がキリロム国立公園であると標されていた。
一応舗装はされているが、決して快適とは言えない道路を上っていく。所々に架けられているつぎはぎだらけの木製の橋には子供達が待ち構え、行きかう人々に対し物乞いを行っている。
大小様々な滝があり、松林が広がっている。打ち捨てられた国王の別荘が残る自然公園はプノンペンからのアクセスがいいということもあり、週末ともなると多くの地元観光客が訪れる。その多くは川や滝での水浴びを楽しみながら、屋台に並ぶ魚や鶏、そしてビール片手に、家族や仲間と共に思い思いの団欒を楽しんでいる。
公園一大きいというチョンボック滝へ向かう。公園内でも少し離れたエリアにあり、滝周辺の村では村をあげての外国人観光客誘致を行っている。30世帯ほどの家族が訪れる観光客にカンボジアの自然を満喫してもらおうと彼らの民家への滞在を提供している。民家近くの駐車場から滝のある山麓までは牛車で移動し、山を登ると、雨期直前の滝には、申し訳ない程度の水が流れ落ちていた。
第1日目 午後 キリロム国立公園~スレイオンベル(コッコン州)
14時を過ぎる頃から、4号線をプノンペン方面へと向かう大型トラックが増え始める。デイタイムには警察による加載車両の取り締まりが厳しいため、警察がいなくなる時間を見計らってプノンペンへと到着する算段がある為だ。そんな人間の事情など気にも留めない牛達は、食料を探し求めながら平然と国道を横切っている。いつもの事なのだろう、運転手ものんびり彼らが通り過ぎるのを待っている。
静かに起伏する丘へとさしかかる道路脇には、地元の人々が信仰するネアックター・ジェイマウ(土着神)の像があり多くの祠が並ぶ。訪れる者の多くが旅の安全祈願と共に、家庭円満を願い、幸運祈願を行っている。また子宝に恵まれるという口コミから、男性器を模った彫刻を夫婦で供えて帰る者も多い。祠前に座る司祭は訪れる者達に聖水をふりかけ、彼らの祈りを神へと伝えていた。
4号線から48号線を分ける分岐点へと差し掛かる頃、西日は黄色く輝きだした。別段急ぐ必要もない旅だ、ふとそう思い何もない河川の村スレイオンベルに宿をとることにした。
第2日目 午前 スレイオンベル~コッコン
早朝から村中に響き渡る大音量、それに呼応するように連鎖する鶏の鳴き声で目が覚めた。小さな村を散歩しながら音の流れ来る方へと向かうと、正装に身を包んだ女性達と合流した。皆一様に三段重ねの料理ケースと僧に寄進するビニール袋を持っている。袋の中を覗くと黄色いお香と数珠、インスタントヌードルやタオル等が入っていた。スピーカーから流れるでる音量から目的地はもうすぐのようだ。村のお祭りなのだろう、背の高い寺院門を抜け、境内へと入ると細かく三角に切り刻まれた布が寺院中に吊り下げられ質素な寺院に彩りを与えていた。寺院脇にはポストアンコール時代に建てられたという寺院やストゥーパがあり、内部にはすっとんきょうな顔をしたラテライト石の座仏像が祀られていた。
村には大きな川が流れ、対岸の村と人々の生活を隔てている。いや、正確には隔てていたといったほうがいいだろう。近年完成した大橋により、村と村とは陸路での移動が可能となり、病院や学校へのアクセスはぐっと良くなった。その反面、昔から続いたフェリー運航はなくなり、乗場脇に並んでいた店舗もなくなっていた。村の脇を抜ける幹線道路の利用者が増加した半面、この村で食事や宿をとる者は激減した。人々の生活は困窮し始め、村から出た者も多かったという。
四つの橋と、幹線道路が完成するずっと前にコッコンまで通った時を思い出す。雨期、スコール後の道路はどこも泥濘となり、いかなる車両も速度を出せないうえ、カルダモン山脈から流れでる四つの川は増水し、フェリーで渡ることも不可能となった。川と川との間でスコールが始まると堪ったものではなく、下手をすると数日の間は陸の孤島となり、その村々で夜を明かすこととなった。一台のバンに乗り合わせた西洋人旅行者と共に、(電気は通っておらず、氷も運ばれて来ないため)常温のビールを片手に向け場のない不満をぶつけ合いながら村の安宿や民家に泊めてもらっては、いつ晴れるか分からない空を眺めていた。時には気のいいフェリーの船頭さんの家に泊ることもあった。当時よりコッコンからシハヌークビルへは海上フェリーも運航していたが、値段が陸路と較べるとはるかに高く、ケチった旅行者がそれらのリスクを覚悟の上、この地を通っていたのだ。金はないが、時間と暇だけを持ち合わせていたチープなバックパッカーにとっては、そう言った事も、思い出深きイベントとしてカウントされていたのだろう。
第2日目 午後 コッコン
象注意。道路脇に立つ看板に気をとられつつコッコンへと向かう。一本、二本、三本、そして四本目のタッタイ橋を越す。川下には新しくテントスタイルの水上コテージもオープンし、まばらながらもエコ好き西洋人旅行者が訪れている。対向車とはほとんどすれ違うこともなく、現地の人々の顔を見ることもないまま、起伏に富んだ道路の脇を少し逸れるとタッタイ滝へと辿り着いた。
日陰のない単調な道を歩く。滝まではたった2kmというが、厳しい日差しの影響か思った以上に遠くに感じる。滝はチョンボックの直下瀑とは異なり、高さはないが幅広の壇瀑滝だ。カルダモンから流れ出る滝の水量は多く、パワフルな風を作りだし、遠くまで飛沫が舞い広がっていた。
コッコンの町へと入り、短い海岸線を抜けると小さな港へと到着した。海上に建てられた木製の長屋を通り、船着き場へと行くと、小さな漁船が次々と戻ってきている。無事に戻ってきた父親に駆けよる子供達、船から水揚げされていく魚を眺めているうちに、海面はオレンジから紫へと変わっていった。
第3日目 午前 コッコン国境エリア
町から対岸へはコッコン橋を渡らなければならない。数年前にカンボジアのとある政治家の持つ開発会社が、コッコン周辺に建設された経済特別区、カジノ、サファリーパーク等の運営及び開発権を取得する代わりに建造したものだ。橋が完成したおかげで国境から町までは繋がり、地元活性化に成功。現在急ピッチで韓国の自動車メーカー、現代(ヒュンダイ)の工場建設が進められている。政府は工場誘致の条件として、現代社への関税を無税としたということから近年中にはカンボジアを走る車の多くが現代自動車に切り替わることとなるだろう。また工場完成のあかつきには、大量雇用も生まれることもあり、地元の人々の期待度は高まっているようだ。
橋から海を眺めていると、大きな白いストゥーパが海面から飛び出している。地元の人々が祭事には必ず訪れるクンチャンクンペンストゥーパだ。ここにはある伝説が残っているという。大昔、クンチャンと言う醜い大金持ちから求婚されしぶしぶ結婚した美しい女性ティムは、その後、力強い兵士クンペンと恋に落ちる。妻の思いに気づいたクンチャンが王に陳情すると、ティムは不貞罪で処刑されてしまった。しかし、妻を愛していたクンチャンは彼女が生まれかわることを夢見ながら、その地に埋葬し、ストゥーパを建てたというものであり、彼は死ぬまで対岸でそのストゥーパを眺めていたと言う。
資材搬入中の大型トラックが行き交う経済特別区を抜け、国境エリアに入る。このエリアにはタイからの旅行者をターゲットとしたゴージャスなカジノホテルが並ぶが、寂れた国境と、人気のない市場、ボロボロのバイクで客待ち中のタクシーなど、エリア全体から軋み出る不調和が漂っている。
西洋の古城を安っぽく造り直した雰囲気のサファリーワールドへと入る。人影まばらな敷地には様々な鳥や動物が思い思いの時間を過ごしている。真っ黒な熊は手の届かない木の実を落とそうと立ちあがり、一生懸命背伸びしている。その近くではオヤジ顔のカンガルーが親父のように寝転がり腰を掻いている。どこからか聞こえてくる歓声に向かって足を進めると、大勢の観客がステージを眺めていた。視線の先では、2頭のイルカが大ジャンプし、アシカがぴょこんと立ち上がって観客に向かって挨拶をしている。子供も大人も関係なく、みんな驚いては大笑いしている。
次のステージはワニファイターによる驚愕のパフォーマンスだ。赤と青のユニフォームを纏った男女が、大きなワニを相手に水上ステージで格闘する。とは言っても実際にはワニの尻尾を持ち、ステージ上を引きずりまわして、わざとご機嫌を損なわせる。その後、怒りが絶頂に達したワニの口を開け、自らの腕や頭をその口の中へと差し込み、その度胸を観客に見せているのだ。もちろん、ワニがパクリと口を閉じてしまうと腕や頭が引きちぎられてしまうことは間違いない。実際数年前には大観衆が集まる中、このステージ上で腕を引きちぎられた映像が、カンボジアのテレビでも放映されたことがある。幾度となく繰り返されるパフォーマンス。その度胸に感銘を受けた観客からは多くの紙幣が投げ込まれ、秋初めの落ち葉のようにひらめきながらステージへと落ちていった。
第3日目 午後 コッコン
コッコンの海岸線にはほとんど人間の手の入っていない広大なマングローブ林が広がっている。いつの間に整備されたのだろう、少しだけ綺麗な赤土の道路を何気なく走っていると、人だかりに出くわした。ふと覗いてみるとペアムクラソップ自然公園と看板が掛けられていた。人だかりに混じってまっすぐに伸びる遊歩道を歩いて行く。干潮なのだろう、マングローブの根が毛細血管のようにくっきりとうき上がり、小魚やカニがうごめいている。マングローブの森からやさしいこぼれ日が落ちる中、のんびりと歩きながら吊り橋を渡る。プノンペンからの家族連れ旅行だろう、少しだけ綺麗な衣類をまとった姉妹が父親を呼びながら楽しそうに吊り橋を揺らしている。自分が子供の頃、家族全員で楽しんだ旅行を思い出しながら、カンボジアの人々が普通の家族旅行を楽しめる時代がきたことに不思議なうれしさを感じた。
第4日目 午前 コッコン出発
早朝、コッコンの港を散策しながらボート乗り場へと向かう。ここからシハヌークビルへ抜けプノンペンへと戻るつもりだ。波止場に座っている乗務員は道路が完成したことで乗客が急激に減ったと嘆いている。広い船内にまばらに座る人々。彼らを見つめながら出発時間が過ぎても、出発させようとしない船長。一人でも多くの乗客が来るのを待っているのだろう、出発時間が大幅に遅れた頃、船長と乗務員はあきらめ顔で出発の汽笛を鳴らしていた。2010/08/17 04:08:43
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